46.台湾路線

むかしむかし、日本と中国が国交回復してJALの中国路線が開設されたのに伴い、それまで飛んでいた日本-台湾路線が廃止されました。中国と仲良くするなら、台湾とは絶交しろというわけです。路線が断絶する前日に台湾に飛んだ私は、crew行きつけの土産物屋のおばさんがとても残念そうにしておられたのを思い出します。

その後しばらくして、航空路線は再開されました。ただし中国に飛んでいるJALはダメで、全日空も海外路線はまだなかったので、JALの子会社というかたちで日本アジア航空が設立されました。乗務員はパイロットも客室乗務員もJALからの出向で、制服も同じです。

当時の客室乗務員は、英語のテストで一定の点数を取った人だけが国際線を飛んでいました。合格点を取れなかった人は国内線専門で、追試を受けて合格しないと国際線へは移れませんでした。私? 訓練所卒業と同時に国際線ですわ、ハハ… 
でも国内線専門の人も日本アジア航空に出向できて、一定期間乗務すれば親会社の国際線へ移れるようになったんですね。

その頃、輪番で国内線の仕事を2か月やった際に知り合った後輩と、会社のエレベーターでばったり会ったら 「日本アジア航空に出向になったんですぅ」 と嬉しそうに話してくれました。「じゃ、戻ったら国際線ね。待ってるわよ、また一緒にお仕事できるといいわね。」 と言って別れたものです。

2007年、日本と台湾路線の直接運航が再開されて日本アジア航空も役目を終え、JALに吸収合併されたのでした。