2007.1.6   紅白歌合戦を録画して、年が明けてから見ました。夫は TOKIO の 「宙船(そらふね)」 に興奮して、巻き戻して2度聴いていました。それにしても、出場者のうち知らない歌手が1/3とは、私も年を取ったものですわ。(^^ゞ

紅白に限らず私が嫌いなのは、歌謡曲の歌手に童謡や唱歌を歌わせることです。鼻濁音もできないような人達は、自分の持ち歌以外のものを歌うべきではありません。こぶしの入った童謡を聴かされるとゾッとするけれど、だからといってオペラの界の人が歌う唱歌も好きじゃない。何か仰々しく聞こえません? ヨーロッパのオペラを勉強した彼等の発声法は、ドイツ的であったりイタリア的であったりするので、日本の唱歌には合わないと思うのです。
だから私は日本語をはっきりと歌う、安田・由紀姉妹や芹洋子さんが大好きです。

さて2007年の正月、夫がいただいた オモシロ年賀状 をご披露します。
--- 過日M先輩から 冨々先生の 女房操縦法 と称して講演会を主催せよ との下命がありました。余りにも大きな会なので会場予約で苦心中です。---

失礼ね、私は操縦なんかされてないわよ

2007.1.13   失業手当 を貰うための求職活動として、某派遣会社に登録しました。実はこの会社は、私が学校を卒業して一番最初に勤めた某損保の関連会社なんです。空に転職したから半年しか働かなかったのに、律儀にOG会の会報と派遣の登録用紙を送ってくれています。でも派遣で働くことには興味がなかったので今までは無視していたのですが、何せ求職の実績 が必要なもので登録をしてみたら、17日間の単発の仕事を紹介してくれました。職安に失業手当中断の手続きをして働いています。

思い起こせば30数年前、私は東京は八重洲口にある本社の「海損部」という所で働いていました。輸出入にかけられる保険で、外国の各代理店から送られてくる書類を読んでこちらの書式に書き直し、損害額を円に換算する仕事でした。最初の頃は辞書と首っぴきでしたが、仕事が面白くて退職する時は後ろ髪を引かれる思いでした。(^^ゞ

当時は短大全盛時代で、その会社は短大卒と専門学校卒を採用していました。実は私、「大学へ行かせて貰えないなら、専門学校に入って実務を勉強したい」 と親に言ったのですね。そしたら 「短大は名前があるから」 と父親に言われたんですけど、会社に入ってその意味が分かりました。専門学校卒の人はタイプ室に配属され、私の部署が作成した書類をタイプするだけの仕事でした。だから私も 「短大か専門学校か?」 と問われれば 「短大」 とお答えします。

でも時代は変り、今では私がしていた仕事は大卒の人がやっているのでしょう。そしたら短大卒の人はどんな仕事をしているか? たぶん一昔前には高卒の人がしていた仕事だと思います。だから 「大学か短大か?」 には、「余裕があるなら大学進学を」 お勧めします。

2007.1.27   うちの亭主と暮らしていて何がイヤかと言うと、面倒臭いことは全て人に押し付けて、自分だけ楽をしようとすることなのよね! ホラ、家を建てた時だって 「喫茶店とパチンコ屋があればどこでもいい…」 と言って何もしなかった人でしょ?

ま、それはいいのよ。どうせ難しいことはできっこないんだから。だったらせめて簡単なことはやってちょうだいよ 例えば 石鹸 が小さくなったら、それには見向きもせず、奴はさっさと新しいのを出して使います。薄くなった石鹸は新しいのにくっつけると、無駄なく使いきることができるじゃないですか?

歯磨きのチューブ もそう。片手で押して出にくくなったら新しいのを下ろします。これだって化粧品の瓶の底なんかでキュッとこすれば、チューブがぺちゃんこになって最後まで使えるでしょ? 私はこういうことは父親から習いましたよ。

少しくらい頭を使えっつの! 洗面所に行くたびにイライラする私。(-.-)
「亭主が稼いだ金なんだから、そのくらいいいじゃないか?」 って? ダメよ、ダメダメ !!

2007.2.3   モンゴメリの短編集で 「The Doctor's Sweetheart」 を読んでいたら、「I Know A Secret」 がアンの物語に出てくる話とそっくりなことを発見しました。

右の写真をご覧下さい。最初の出だしは言い方は異なるものの内容は同じで、後半は全く同じ文章、友達の名前まで同じです

炉辺荘のアン」 の中で、アンの双子の娘・ナンが年上の友達に言われます。「私はさ、あんたの知らないことを知ってるんだもん」 ナンは、それが何だか知りたくてたまりません。ある取引をして聞かせてもらった秘密の話とはナン自身のことでした。

彼女は本当は漁村の貧しい家の子供で、病院で同じ日に生まれたアンの娘と取り替えられたというのです 正義感の強いナンは、大好きなお母さんと離れるのはつらいけれど、自分がその家に行き向こうの女の子がこの家に来るべきだと、意を決してその子の家を訪ねて行きました。そして騙されたことが分かったというお話です。

「炉辺荘のアン」 の32章〜33章ですから、興味のある方は本屋さんで立ち読みしてください。
さてこうなると、どちらの話が先に書かれたのか、パクリ なのか知りたくなりますよね。(続く)

2007.2.10   先週の続きです。「赤毛のアン」 というと、日本では10冊がシリーズとなっていますが、本国カナダでは 「アンの友達」 と 「アンをめぐる人々」 を除いた8冊です。その8冊が箱入りで売られています。最初の3冊だけの箱入りもあります。

ここでアン・シリーズの書かれた年代を見てみましょう。
  1908、赤毛のアン(#1)・・・来年は出版100年の記念行事がPEIであるそうです
  1909、アンの青春(#2)  
  1915、アンの愛情(#3)
  1917、アンの夢の家(#5)
  1919、虹の谷のアン(#7)  
  1921、アンの娘リラ(#8)
モンゴメリは6冊めの 「アンの娘リラ」 を書いた後で、「どんな女の子だって6冊も書けば十分でしょう。もううんざりだわ!」 とアンと決別します。ところが・・・
  1936、アンの幸福(#4
  1939、炉辺荘のアン#6
15年も経って、間に付け足すような形で出版されています。ことに今回の主題である 「炉辺荘のアン」 は、モンゴメリが生きている間に出版された 最後の本 だというところがポイントです。

次にモンゴメリの人生は、祖父母の面倒を見なければならなかったので結婚が遅かったとか、息子が遊び人だったとか、夫が精神を病んでいたとか、色々な重圧を一人で背負っていましたが、牧師夫人として教区の仕事を完璧にこなし、夫が心の病であることを隠しとおしました。
でも20年も看病をしているうちに、彼女も健康を害してしまうんですね。加えて1929年の株価の大暴落、1935年に夫が牧師を引退、親戚に貸したお金は返済されないという経済的な事情。そして自分自身も病気になり、ついに力つきて夫より早く1942年に亡くなりました。

さていよいよ結論です。モンゴメリは生前に出版された24冊の本の他に、たくさんの短編を書いています。「I Know A Secret」 は、1935年に Good Housekeeping という雑誌に発表されました。だからこちらの方が先というのが先週の答えなんですけど、「炉辺荘のアン」 が書かれた頃には上記のような背景がありました。

なお、彼女の書いた短編を集めて 「The Road to Yesterday(アンの村の日々)」 をはじめ、何冊もの本や日記が遺族によって出版されています。

【参考図書】 「赤毛のアン」 を書きたくなかったモンゴメリ (梶原由佳)…梶原さんとお友達になりました♪
         Lucy Maud Montgomery (Stan Sauerwein) ← カナダのスーパーで40%オフでした (^^ゞ

2007.4.7  300日問題」、ご存知ですよね? 離婚後300日以内に生まれた子供は、戸籍上では前夫の子になるというものです。民法第772条、この法律のために起こった悲劇が続けて報道されたせいか、離婚後に懐妊したという医師の証明があれば、新夫の子として認められるようになります。一歩前進です。

悲劇】その1.前夫に居場所を知られたくなくて、生まれた子の戸籍を作らなかった。
     その2.新夫の子であるにも拘らず、早産だったために前夫の子にされそうになった。

【民法 第772条(嫡出の推定)】
・妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
・婚姻の成立から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。


300日の根拠である(であろう)妊娠期間10ヶ月ですが、妊娠の場合は28日を1ヶ月として考えるので、10ヶ月は280日になります。通常の人で、最終月経開始日から280日 です。前夫の子だとすると離婚前に最終月経がある訳ですから、もう少し日数を減らせる筈です。(参考

結婚に関して女性に不利な法律はまだありますよ。そもそも女性だけ、「離婚後180日間は再婚できない」 のは 不平等 だと思いません? 前夫の子を懐妊しているかも知れないから、それがはっきりするまでは再婚させないのなら、確実に妊娠していない女性はすぐに再婚してもOK じゃないですか。高齢の女性や、病気で子宮摘出をしている女性にまで、一律に 「180日問題」 を押し付ける必要はないでしょう。若い女性だって、離婚した後に生理がくれば妊娠はしていないということだから、180日も待つ必要はないですよね。

【民法 第733条(再婚禁止期間)】
・女は、前婚の解消又は取消しの日から6箇月を経過した後でなければ、再婚をすることができない。
・女が前婚の解消又は取消しの前から懐胎していた場合には、その出産の日から、前項の規定を適用しない。


「180日を100日に減らす」 という案は中途半端な気もするけれど、ないよりはマシ。ところが、これは 「夫婦別姓制度」 と一体の話だから、短縮案だけ切り離して決めることはできないって。バッカじゃないの? 半歩でも前に進めるなら、できるところから手をつけなさいよ !!

男性中心社会の時代に作られた古い民法に縛られずに、もっと柔軟に運用しましょうよ。

2007.4.14  先日、ついに逮捕者が出ました。アメリカの空港の話です。大いにあり得ることだと思っていました。空港の職員が東洋人の荷物を狙って、スーツケースの中から金品を盗んでいたのです。東洋人なら被害にあっても訴える確率が少ないと思ったようです

アメリカへ出入国する時は、飛行機の貨物室に預ける スーツケースに鍵をかけるな と言われます。かけてもいいんですけど、自分がいない所で中を調べられる際は鍵をこわされます。

実は去年アメリカ経由でカナダに行った時に、成田空港でゴネてみたのです。「盗まれたら、誰が補償してくれるのよ !!」 航空会社のネエちゃんの返事は、「連邦政府の指示ですから」 一点張りでした。結局、盗まれても誰も弁償してくれないってこと?
納得のいかない話ですが 9.11 の事件後に定められたことで、被害にあった国としてはこれも必要なことでしょうから、大事な物は機内持ち込み にしましょう。

2007.4.21  日本の大学生に 「好きな中国人」 を、中国の大学生に 「好きな日本人」 を尋ねたら
  日本 → 1.チャン・ツィイー、2.ジャッキー・チェン、3.孔子、4.諸葛孔明、5.劉備
  中国 → 1.川端康成、2.小平邦彦、3.高倉健、4.村上春樹、5.黒沢明
となったそうです。

私の目を引いたのは、中国人が好きな日本人第2位の 小平邦彦 先生(故人)です。小平先生って皆さんご存知ですか? 普通の人にはおなじみではない方ですが、広中平祐氏だったらご存知でしょう。一番最近では森重文氏、このお三方は 数学のノーベル賞 と言われる フィールズ賞 の日本人受賞者です。何でおばさんがこんなことを知っているかというと、実は私の弟が数学者で、小平先生の弟子なんですわ。(^^ゞ

それにしてもなんでチャン・ツィイーが一番に来るのかなぁ? おまけに三国志の登場人物が上位に来たのは、ゲームの影響ですって !! この調査結果だけをもって、日中の大学生のレベルの差を言うつもりはありませんが、小平先生が二番に来るとは、恐るべし中国!

2007.4.28  今年の12月に結婚する息子がマンションを買おうとしています。賃貸アパートに家賃を10万も出すなら、その分をローンにして…ということのようですが、貯金がないので 全額ローン とは無謀この上ない しかも、彼女の方がしっかりした会社に勤めていて ローン審査 が通りやすいから、彼女名義でローン契約をするって、男として情けなくない?

そこで私が頭金を出してやることにしました。「住宅取得資金に係る相続時精算課税制度の特例」 を利用します。これは、子が自分で住むための住宅を取得する場合、一定額以内だったら親が贈与しても税金がかからないというものです。2007年12月31日までの時限措置です。

こんな親だから息子が成長しないのだけれども、甘い親だと思し召すな。息子なんかどうだっていいのよ。可憐な ウラタロウ ちゃんに、苦労をかけるのが忍びないだけです。

息子は言いました。「有り難い話だけど、お姉ちゃんに悪くないの?」 おう、分かってるじゃん!
だから母は娘にメールしました。「お母さんが死んだら、息子にやったのと同じ金額を先に取って、残った分を二人で分けなさい
娘から返事がきました。「そんなに残さなくていいから、優雅な老後 を楽しんで!」

というわけで、母はこれからも、毎年海外旅行 に出かけます(^^ゞ

2007.5.5  娘の所に子供が生まれたので見てきました。産院を利用したのですが、病院よりずっと良かったという感想です。元看護師が言っているので、間違いないでしょう。

それにしても父親 (お婿さん) の協力は大したもので、産気づいた妻を産院へ運んだのは勿論、陣痛に付き添い、出産にも立会ったそうです。私の夫とは大違いね
しかも生まれる前から(現在も) お腹の子に向かって新聞を読んで聞かせていた ので、生まれたその日からお父さんの声を聞き分けるそうですよ。左の写真がそれです。

          

昔は 「赤ちゃんは生後3ヶ月位までは目が見えない」 と言われていましたが、実は は見えてるんですって。だから右のような絵を見せると目で追います。幼児教育を学んだ娘の友達がこの絵を描いてくれました。そういえば、白・黒・赤の布地でできた玩具もありましたよ。なんだか、私達の時代とは随分違っていて感心するばかりでした。

さて、孫を抱いたお祖母ちゃんσ(・・?) が最初に発した言葉、「猫より軽いわね(^^ゞ

2007.5.12  去年あたりより 小泉今日子 さんに注目しています。元アイドルのキョンキョンではなく、女優小泉今日子でもなく、書籍評論家としての小泉今日子さんです。
「今日は載ってるかな?」 とワクワクしながら新聞をめくります。

書評というのは作者の説明と本のさわりを紹介して、その本を読んで思ったことを述べるのがオーソドックスなやり方だと思います。例えば同じ紙面には他にも作家や大学教授達の書評が載っています。
  【例1】 「ともかくおもしろかった。煙にまかれた」
  【例2】 「日本近現代史を見る新しい切り口を与えてくれる一書」
  【例3】 「いつまでもその世界に浸りたくなってしまう、不思議な小説」
普通はこんなものでしょう?

ところが、彼女のは一味違うんですね。本を紹介しながら素敵なエッセーになっています。著作権の問題があるので内容を紹介することはできませんが、胸をチクッと刺す後悔の思い出に始まり、本を読み終えた時に 「胸がほんわり温かくなって、自分が許されたような気になった」 で終わっています。すごいなぁ、私は本は読むけどこんな感想は書けません。(^^ゞ

文学に造詣の深い芸能人としては、児玉清さんや岸田今日子さんが思い浮かびますが、小泉今日子(同じ今日子だ!) さんも若いながら将来が楽しみな人です。

ちなみに 児玉清 さんは面白かった本をラジオで紹介しています。その説明がとても良くて、彼が薦める本は全て読みたくなります。ラジオを聞いて最近買った本は ブライアン・フリーマン著の 「インモラル(ハヤカワ文庫)です。でもそれはちょっと置いといて今読んでいるのは、モンゴメリの 「A Tangled Web」、去年カナダで仕入れてきた本の最後の一冊です。(^^ゞ

2007.6.16  いつだったか新聞にこんな投書が載っていました。
健常者は障害者用のトイレを使わないでください
これに対する反論として 「外見では見分けのつかない障害者もいますよ」 というのがありましたが、私は別のことを考えました。何で使っちゃいけないの?

トイレに長い列ができている時に、いつ来るかも分からない車椅子の人のために、トイレをひとつ空けておく必要はないじゃないですか。車椅子の人が来たら、「お先にどうぞ」 と言えばすむことですよ。小さな子供が 「オシッコもれそう〜!」 と泣いていたら、順番を譲ってあげるでしょう?   要は何でも杓子定規に考えないで、思いやりの心があればいいのではありませんか?

11年前、イタリアはローマのコロッセオでのこと。私は急にお腹が痛くなってトイレへ行きましたが女性用トイレは長蛇の列、とても順番まで待てそうにありませんでした。こうなったら男性用トイレに駆け込むしかないと逡巡しているところへ、トイレ係のおじさんがやってきて言いました。「お嬢さん、こちらへどうぞ」 そして私を男性用トイレに案内してくれたのです。

お嬢さんの筈はないって? イタリア語は知らないけど、そのように聞こえたのよね。(^^ゞ
おじさんは言いました。「男の人が入らないように、トイレの前で番をしていてあげるからね」 有り難かったです。地獄で仏 とは正にこのことでした♪ 勿論、チップは多めにあげましたよ。旅行記・上海編でも書いたけれど、言葉は分からなくても気持ちは通じます。

2007.6.23  目の不自由な方をサポートしている方々のお話を伺いました。市内には視覚障害の人が約200人程住んでおられるそうですが、ボランティア団体が把握しているのはその内の20人位、少ないでしょう? 残りの180人の情報を得たくても、個人情報 だからと教えて貰えず、かといって目に障害がある人が転入の手続きにいらした時に、市役所のほうで 「こういう奉仕活動がありますよ」 と言ってはくれないらしいです。おかしいよね

目の見えない方からもお話をお聞きしました。彼が時々 カチン とくることは、「久し振り〜♪ 俺だよ俺、分かる?」 と言われること。分かるわけないじゃん、名を名乗れよ! そして、「目が見えないのに明るいですね」 って。障害があることと人格とは関係無いだろ

特殊な眼鏡をかけて、弱視の体験をしました。ひとつは視界がぼやけるもの、もう一つは視野が極端に狭いものです。この眼鏡をかけて歩いた時、黄色 の点字ブロックが大いに助かりました。だから商店街の点字ブロックの上に、物が置いてあるのは困りますね。

右の写真は市役所の建物の中にある点字ブロックです。これでは弱視の方には分かりません。「どうせ目は見えないのだから、色なんて何でもいいだろう」 と言わんばかりです

日本では障害者の方の駅のホームからの転落事故が年間100件位あるそうですが、その原因は大抵、黄色い線の上に人がいたのを、遠慮して、よけた結果だそうです !! 白杖(はくじょう)を持った人が歩いてきたら、点字ブロックの周辺にいる人は空けて下さい。お願いします。

2007.6.30  「福祉講座・視覚障害編」、第二弾。視覚障害の方へのボランティアと言えば、まず 点訳 が思い浮かびますが、他にも色々あります。誘導拡大写本音声訳、スポーツその他の活動を補佐する仕事、等々。

最近は駅の券売機などで一般の人が点字を目にすることも多くなりましたが、あれは凸の状態ですね。でも点訳をする時は紙を裏返して作業をするので、凹の状態の文字も覚えないといけません。読むのは左から右、打つのは右から左で、穴の位置は逆になります!
パソコンでやれば簡単だろうと思っていましたが、結局6個のキーボードを6点点字に見立てて打つだけなので、凹の点字を覚えるのは同じなんです。(^^ゞ

拡大写本を作っているボランティア・グループは全国に63程、その内の20団体は神奈川県にあります。ということは一つもない県もあるということね。 私がお話を伺ったグループは13人の小・中学生の教科書を作っています。本を作る前は面談をして、そのお子さんに合った字の大きさなどの打ち合わせをします。晴眼者 用の1冊の教科書が12冊にもなったりするそうです。

例えばこのグループでA君に、B出版の3年生の理科の教科書を作ったとします。今はネットで検索ができるので、遠くの県の先生から 「同じ教科書を使っているので、うちのC君のためにコピーを送って欲しい」 という依頼も来るそうです。この場合、C君が必要とする字の大きさは問題になりません。無いよりはまし ということなんですね。

全盲の学生さんが東大の大学院に進む時代です。弱視の高校生、大学生用の拡大教科書も必要なのですが、今は義務教育のお子さんの教科書を作るだけで手一杯だそうです。
皆さん、拡大写本を作ってみませんか? 「私は字が汚いから・・・」 って、全然心配ないそうですよ。教科書体 という字 (小学校の先生が黒板に書くような字) を基礎から学びます。1冊の本を4人の人が手分けして書いていましたが、全く同じ字で感心しました。

ボランティア講座についての問い合わせは、市役所の福祉課へどうぞ。

2007.7.28  視覚障害者のためのボランティア基礎講座が一通り終わりました。
誘導補助」 というのも学びました。点字ブロックがあっても、ワンボックスカーのサイドミラーやトラックの後輪よりつき出ている荷台には無力なので、誰かと一緒に歩く方が安全なのです。
白杖(はくじょう)を持った人を見かけたら、こう声をかけてみましょう。
 「どちらにいらっしゃいますか?」
 「ご一緒しましょうか?」
 「空席がありますが、ご案内いたしましょうか?」
 「お手伝いすることがありますか?」

禁止事項。白杖をつかんでひっぱる 後ろから肩をつかんで押す
基本は誘導者の肘の上あたりを後ろからつかんでもらい、又は肩に手を置いてもらって、誘導者が半歩先を歩きます。

アメリカから来日したこの道の専門家が新宿駅を見て、「点字ブロックが多すぎる」 と憤慨されたそうです。「こんなに大勢の人がいるのに、日本人は冷たいですね」 と。つまり、誰かが誘導してあげれば、点字ブロックは不要なんですよね。

実際、ある日本人の視覚障害者の方がアメリカに留学した際、点字ブロックには殆ど気がつかなかったということです。一歩外へ出るといつも誰かが寄ってきて助けてくれたから、少しも困らなかったそうです。

さて、写真は弱視の子供用 拡大写本 で小学生の算数です。紙のサイズはB4で、赤ペンでたくさん直されています。(^^ゞ

2007.8.4  拡大写本 の入門講座の受講生は数人いましたが、引き続きこのグループに加わってボランティア活動をしようという人が誰もいなくて、熱心に教えてくださった皆さんに申し訳ないことをしました。講師の一人は片方の目が見えない人でした。

60歳くらいのおじさん、毎回 「楽しい、楽しい」 とおっしゃっていたのに、3回で止めてしまいました。宿題を提出した時にボロクソに言われたのが原因だと思います。男性は年を取ると頑固になるうえ、奥さん以外の女性に怒られるのに慣れていないのよね。ま、怒られるのも当然なんです。原稿用紙の升目を大きくしたような下敷きを使い、その升目の中に一字一字丁寧に書くのですが、そのおじさんは升目を無視して好き勝手に書いたのです。「字が綺麗だとか汚いとか言う以前の問題でしょ!」 と言われるのも無理はありません。

あるおばさんは、自分が納得するまで手は動かせないようで、うるさいほどに質問攻め。結局 「私には向いていないみたい」 と辞退なさいました。
「どんなものか、経験してみたかっただけ」 と言う人、実は私も同じです。(^^ゞ
この作業は結構好きでしたが第一志望は別にあり、視覚障害者の方にパソコンを教えたいのです。「あなたこそはと期待してたのに…」 と言われました。本当にごめんなさい。

さて、我が地域でパソコンを教えているボランティア・グループは、視覚障害者の他にシニアの方にも教えています。でもシニアって何歳から? もしかして50歳以上じゃないでしょうね 私より年下の人には教えたくないんだけど !!

2007.8.11  夫が詐欺に会いました。私が留守の間に業者らしき3人組が我が家を訪ねてきて 「お宅のテレビのアンテナがゆがんでいるようなので1,000円で直してあげます」 と言ったそうな。

夫は普段は勧誘の電話がかかってこようが訪問販売の人が来ようが、「私は留守番の者なので分かりません」 と逃げます。「奥様はいらっしゃいますか?」 と聞かれたら、「女房は死にました〜〜(泣)」 と言ってのける奴なのに、この時ばかりは半分信じてしまいました。「このクソ暑い最中に大の男が333円(一人分) を稼ぎに来るか?」 と、1,000円なら騙されてやってもいいやと思ったそうです。フン、負け惜しみよ! それでも一応車のナンバーを書き留め、一人が屋根に上ってアンテナをいじるのを見てはいたけれど、案の定それだけでは終わらなかったのね。「屋根瓦がどうのこうの・・・」 と言い出したので、それ以上は相手にしなかったとのこと。

「瓦の点検をしてあげます」 と言って屋根に上がり、自分でわざと瓦をずらしておいて修理代を要求する輩(やから) がいるそうですから、皆さんも気をつけてくださいね。

ところで、私の日記の愛読者の方ならお気づきでしょう? 私の夫がいかに 馬鹿 であるか
だって我が家は ケーブルテレビ なんだから、アンテナはあっても全然関係ないのよ !!
ちなみに我が夫、話を聞いた隣家の奥さんからも怒られたそうです。(笑)

2007.9.8  アメリカのテレビ番組 「 Inside the Actors Studio(○○自らを語る)」 をご覧になったことがありますか? 俳優へのインタビュー番組で、なかなか面白くて英語の勉強にもなるので、我が家は夫婦仲良く(?)見ています。

数日前、テレビをつけたら私達の知らない初老の女性が話していました。とびきりの美人というわけではないけれど、内面から魅力が滲み出ている人で、夫は 「すごい! 素晴らしい!」 と叫んで、ビール片手にかじりついてしまいました。

彼女の名は ジョアン・ウッドワード。「イブの三つの顔(邦題:私という他人)」 でオスカーを取った女優さんです。この映画は多重人格を扱ったもので、1957年の作。多重人格というと、近年ではダニエル・キース著 「24人のビリー・ミリガン」(1981年)が有名で、古くはご存知 「ジキル博士とハイド氏」 があります。ちなみに ビリー・ミリガン氏は名前を変えて、現在は映画監督をやっているそうです。

さて ジョアン・ウッドワード というと、是非ともふれなければならないのはご主人の ポール・ニューマン氏のことです。彼もオスカーを受賞していますが、二人は演技の方法論が全く違うようです。でも お互いを認め、賞賛しあっています。司会者は 「歴史的に見ても、仕事と私生活の両面でこれほどうまくいっている夫婦は殆どいない」 と述べています。

実はポール・ニューマンはこの番組の第一回目のゲストで、その時に奥さんのことを聞かれてこう答えました。「最初から手に負えず、今も手に負えないままさ」(観客爆笑)
Your turn!(君の番だよ) ジョアンは言いました。「私はポールをあらゆる人間の中で最も尊敬しているの。彼は未熟な若者から知性あふれる男性へと成長しました。その過程をずっと見てきたし、お互いに成長したことが一番重要です」 素敵〜〜〜

うちの夫、今でも未熟なままです・・・(-.-)

2007.11.10  以前お話した、シニア(と障害者)の方にパソコンを教えるボランティアを始めました。月に2回で、毎回参加されるのは元気なおば様(60歳代?)二人。この方々もボランティアをなさっていて、その会報を作るためにパソコンの技を磨きたいようですが、タイピングなど基本的なことはできるので教える方は楽です。

1.写真を楕円形に切り抜きたい。 2.色のついた紙に楕円形の写真を載せると、切り取った部分が白くなるので、そこを透明にしたい。 3.ジャスティファイがかかっている文が間延びして見えるので、それを直したい・・・等々、彼女達はやりたいことがはっきりしていて、習うことに貪欲です。

これに対しおじ様方は・・・だまって座っていれば教えて貰えて、覚えられなければ教え方が悪いという感じ? 例えば コピー という動作一つをとっても、1.メニューバー の編集→コピー、2.ツールバー のアイコンをクリック、3.右ボタン の活用など、いろんなやり方がありますよね。『左右対称の図形を描きたい』 というので 「こうやればできますよ」 と言ったら、『いや、別のやり方もあるんだ』って、知ってるなら聞くなよ! その方は一度で懲りたようです。(笑)

もう一人のおじさんは、ワードの入門書を持ってきて私達にやらせます・・・自分はできなくても、一応本の通りに進行すれば満足している様子。それで覚えられるのかい?
まぁ4人だけの例ではありますが、能動的な婆様受動的な爺様 に、教えるスタッフは3人。神奈川県にお住まいの65歳以上のシニアの方、パソコンを習いにいらっしゃいませんか?

2007.12.8  息子達の新婚旅行に両家の親が参加することになりました。変? (^^ゞ
だってハワイだしぃ〜♪ 決して過保護というのではなくて、親同士もとても仲が良く、春の温泉旅行でビール中瓶を35本飲んだ6人なので、ハワイでそれを再現しようというわけです。

昼間は別行動して、朝夕の食事を一緒にします。あちらの両親はハワイでゴルフをするのが好きなので、ゴルフを申し込むサイトを調べてあげたり、お嫁ちゃんには彼女の会社のCMに出てくる 「この木なんの木」 を見に連れて行く約束をしたりと、来年の2月のことなのに今から盛り上がっています。

ところで、夫婦(家族)2人がツアーでハワイに行くと、そのうちの一人が香港へタダで行ける方法を発見しました。お教えしましょう・・・
1.赤社のマイレージに登録し、「たびカード1」 を作ります。(1、来年3月まで手数料無料)
2.赤社のクレジットカードを作ります。と同時に各々 「ツアープレミアム2」 と 「家族プログラム3」 を申し込みます。
  (2、ツアーのマイルは50%のところ100%貯まる。年会費2,100円必要。3、家族のマイルを合算できる)
3.赤社のマイルが貯まるツアーを申し込む・・・これだけです。

すると、フライトマイルが、7,662(ツアープレミアムで100%)
     たびカードの国際線ツアーマイルが、+1,000
     たびカード初回マイルが、+500
     クレジットカード所持者のその年初めての搭乗に与えられるマイルが、+1,000
で合計 10,162マイル。これを二人分合算すると、20,324になるじゃありませんか!
香港へ行くのに必要なマイルは通常で20,000だから、十分でしょ。行くのは勿論、女性3人!

こんな話をして興奮していたら、お嫁ちゃんが言いました。「その前に結婚式があるんですけど、忘れないでくださいね」
はい、今日がその結婚式です。

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